BLによって性別的反乱を行わんとする女子たちへの変態的見地からの反論.

 
男だらけの濃厚なウホッを見て女子たちが喜ぶのは,彼女らの男性に反乱せんとする深奥の意識が表面で発現したすがたである,という言説がある.
つまり彼女たちがBLに対して感じる萌えの根本は,ふだん自分たちを私的に公的に虐げている男性のケツに,同じく自分たちを内的に外的に虐げている男性器をぶち込むことによって発生するある種の復讐としてのカタルシスなのである,というのがその言い分だと思う.
なるほど.とそれをどっかで読んだとき僕は思った.
男尊女卑の考え方は古くさいとおもうけれど,世にモグリの(その実女性を上位に置くための方便に過ぎない女性解放論を唱える)フェミニストが多くていつもうんざりする.そういう真っ当な神経を持っているおれとしては(何),その説はすごくなんというか,女性のフラストレーションをコミカルに支持する親しみやすい言い方に聞こえたのだと思う.
(そしてもちろんそういうふうなフラストレーションの解消が可能であるということも女性が開放されているという状況のひとつの説明であるのだろう,きっと.)
しかし,と僕はネットで入手したエロマンガを見ながら後日再び思った.なぜ復讐の主体として女性が出てこないのかと.
もちろんそのようなBL的世界を創造しているのも,その中でいろんなコトを男どもに行わせているのも女性であって,またそういうストーリーを見て頭の中でいろいろ考えているのも女性であるから,もちろんその復讐は女性が行っていることに間違いはないのだろう.
でもね.箱庭を作って,それをめちゃめちゃにして喜ぶような,なんというか人形を殴って快感を得るような,そんな女の腐ったような復讐を女性がするのは,原始太陽であったはずの女性としてはちょっと暗くないか,と思ったわけである.
男のケツに男性器をぶちこむのなら,それはストーリーの中の架空の美男子の男性器ではなく,自分の,あるいはその代弁者となる架空の女性の男性器によってなされるのがより正当なんじゃないの,と思ったわけである.
なんでそんなことを思ったかというと,そのエロマンガの内容が発端なのである.
内容をかいつまんでいえば,宇宙人が開発したチンコビームを放つチンコ銃によって男性器Pを装備した女子Aと,同ビームにより男性器Qを装備し,かつ両の乳首が男性器(R,S)化した女子Bがおり,Aが男子のケツにPを,Bが男子の尿道にQと,男子の両の乳首にRとSをぶちこんで3人絶頂.というどう見ても変態(というかジャンル的には「変体」であるらしい……)なものなのだけれど.
それを見たときにおれは先述のBLは女子たちの性別的反乱であるという主張を思い出して,いやいやこっちのほうがよっぽど正当な反乱だよなあ,と思ったわけなのだ.
  
でもちょっとあとで振り返ったときに,それが男性向けエロマンガであるということはやはり女子の反乱の手段として適当ではないのだろうと思った.
というか,そういう変体ものっていうのは女子の体をぐちゃぐちゃにいじって楽しむジャンルなのだから,男性による女性の玩具化で,男根的思考そのものだよなあ.
というわけでおれの思いつきも雲散霧消してしまったのでした,おしまい.